2009-11-30

こんな夜に発車できないなんて

店で飲んでいる。たくさん飲んだのであなたはトイレへ行きたくなる。「ちょっと失礼」あなたはテーブルを中座する。トイレの場所を店員に聞くなり自力で探すなりして、あなたは用を済ませる。そして手を洗う際になんとはなしに鏡を見ると、見たことのない人間が映っている。朦朧とした頭では、鏡に映った自分を自分自身として認識することができないのだ。知らない人間として自分を見るその目は、驚きのあまり、たいてい見開かれている。だからというわけではないが、最近は自分の中と外をわけて考えるようになった。からだは入れものでしかない。この「ものを考えるわたし」は、からだとは別のところにいる。わたしはこのからだをちょっとの間だけ借りているだけ。お望みならもっと伸ばすことも、途中で短くすることもできると契約時に言われたので、とりあえず88年リースにした。なぜかというとキャンペーンをやっていたから。末広がりで縁起がいいのだそうだ。めんどくさかったのでもうそれでいいやと思ってそれにした。キャンペーンのおまけにと、なんかへんなぬいぐるみをもらった。

2009-11-25

鳩、それはFUN


昔々ロンドンに住んでいたときのことだけども、たしかに晴れていたある秋の日、家を出てバス停までの道を歩いていたら、頭の上にやわらかくて水っぽいものがボッタ、と落ちてきたような感触がなんだかした。上を向いたらずいぶんと高いところ、しかしちょうどわたしの頭から物差しで線を引っぱったようにどんぴしゃなところにレールみたいなのがあり、そこで何羽かの鳩がひまそうにしている。
わたしは信じがたい気持ちでぱんぱかぱんになり、落ちてきたのがあれなのかどうか確かめたいのだけれど、そんなんもう100oパーあれに決まってるし! 手でさわるの嫌! でもティッシュもない! もうもうもうもうどうしよう、みたいなことになって、そんで普段は絶対そういうことできないはずなのにピンチのときは人間あれですね、得体の知れぬ図太さを発揮するもので、そばを通りかかった男の人にティッシュは持っているか、もし持っているなら一枚もらえませんか! とすがりついた。
わたしの切羽詰まった形相と「鳩が……」という声に一瞬で事情を察したらしい男は、わたしの頭をのぞきこむなり「ぎゃっ」とその目をみるみる見ひらいて、「とてもじゃないけど君の頭の上に何があるか僕には言えない。ティッシュもないや。ごめんね」と言い、またたく間に去ってしまった。わたしは待ち合わせがあったので泣く泣くそのままの頭で、やって来たバスに揺られ、その後会った友人に訳を話し、おそるおそる頭部をつきだしたら、「へ? なにも乗ってないよ」やってさ! うそう! ほらほら! といくら髪をかき分けてみせても「ない」と言われ、あげくの果てにはしつこいとキレられる始末。なんだったのだろう、あれは、と今でもたまに思う。

2009-11-22

サリンジャーはすごいね

あの子はやるなあ、ひさしぶりに会うことのできた彼氏に「ずっと会いたかったわ」と言うのだけど、ほんまはまったくそんなこと思ってないということに自分ですぐ気がついて、罪悪感から彼の手をぎゅうっと握るのだから。握られたほうは、かわいい彼女の言動にそのような複雑な心理が隠されているとはよもや思うまいよ! というのはかの有名なフラニーとレーンのこと。きゅっと寒くなってコートを羽織る季節がやってくると、「フラニー&ゾーイー」の、男たちが駅のホームで寒さに耐えながらそれぞれの恋人を乗せた列車が到着するのを待っているあのシーンが読みたくなる。読みたくなるけどそこしか読まないので、ぜんぜんストーリーが進まないのだよ。画像と文章がぜんぜん合っていないのはたまたまだよ。

2009-11-21

タージ・マハルの思い出


かの麗しきタージ・マハルは、おそらくたいへんな愛妻家であったインドの王様が、若くして亡くなった奥方を偲んで大理石で造らせたという巨大な巨大なお墓なのであるが、それはインド北部のアーグラという場所にあって、そのアーグラはタージ・マハルなかったらぜったいにこんよな、と言いきれるくらい陰気で地味な雰囲気の町なのだった。夜にデリーから到着し、地球の歩き方に載っていた安宿に1階の部屋を案内された友人とわたしは、宿の食堂でご飯を食べたあと、それまで体験したことのないような激しい眠気に襲われる。なんこれ。ねむい。なんこれ。なんかご飯に変なの入れられたんかも……。部屋の一面は大きな窓になっていて中庭に面しており、念のため調べてみると鍵なんかこわれてぐらぐらなのだった。わたしたちはみの虫のように震え上がった。う……うちら今晩おそわれる! すでに時刻は深夜をまわっており、いまさら別の宿に移動することはできない。というか眠たすぎて動けないのだ。全身にドロリとまといつく倦怠感。からだが鉛のように重い。ベッドの脇の電話がなった。友人がよろよろと受話器に手を伸ばす。無言電話。さらに入口のドアの下に、まるですぐそこに誰かが立っているような二本足の影らしきものがあるのを見つけてしまう。そこで、ちびるほどに身の危険を感じたわたしたちが取った行動とは? 寝た。寝てしまった。あの時、わたしはすべてをあきらめたのだった。ほんとうに、眠いと、なんもできへんねんな……とくやしく思いながら意識を失っていったのを覚えている。そして翌朝無事、何事もなく目を覚ましたのでした。めでたしめでたし! こわかったなあ、あれはなんやったんやろうか、と言いながら朝ご飯をもぐもぐ食べ、蠅にたかられながらもしっかりとタージ・マハルを満喫。ほんとうに美しいですよ。ちなみにアメリカにはタジ・マハールという名のミュージシャンもいるらしいです。

2009-11-16

あのひとにあれをあれしてもらいたい

横殴りのインスピレーションが脳みそをごんごん叩いておます。写真は、中学も写真部やったしそれ以降ずっと撮るのも見るのもすごい好き。カメラ自体のフォルムというか機能なのか重さなのかわからんけどなんかも好きで、実際トイも高きも交えていくつか購入・コレクションしてもいるのだが、悲しいかな自分にはなにかのきらめかしい一瞬をヴィジュアルで素晴らしくちょっきん切り取る才能がまったくないというのは胸を張って言えるのであって、あるときパッキリと気づいたことだ、こればかりはどうしようもないわ。だけどかだからかわからないけど好きな写真を見たら「これはいい写真だわ!」とためらいなく声に出して言ってしまう。てばなしで誉めてしまう。ほんまに憧れやのです。