その時、しいんと静まった美術館の中に「リリリリ。リリリリ。」と電話の音が鳴り響いたのだった。え! 鑑賞中は携帯の着信音くらい切っておきぃや! とだれかもわからぬだれかに苛立ちを感じるも程なく、その音はすぐに途切れてしまった。3コールほどだったか。短かった。とにかくすぐに切れたのだ。その直後にわたしは、そばに壁に仕切られた小部屋があり、そこへ白い電話機がぽつんと置かれているのを見つける。のぞいてみると、だれもいなかった。ああ、ここは見たらいけない裏方側のスペースで、この電話はなんかのときに美術館の人が使うために置いてあるのだろう、というふうに思って通りすぎようとしたが、よく見るとなにか注意書きがある。顔を近づけて読んでみると、「この電話はニューヨークのオノヨーコさんにつながっています。たまにオノヨーコさんから電話がかかってくるので、かかってきたら出てください」というようなことが書いてあった。わたしはボーゼンと立ちつくし、一気に周りがざわざわしだして、興奮で鼻息がフンフンになった人々が押し寄せ、小さな部屋はもうフンフンにあふれかえったけれど、それからみんなで穴があくほど見つめ、いくら息を殺して待ってみても、ふたたびその電話が鳴ることはなかった。
もう何年前になるやろうか、東京都現代美術館でやっていたYESオノヨーコ展。果たしてあのとき電話のいちばん近くにいた自分が受話器を取りあげていたとして、あのヨーコさんといったいなにを話せばよかったのか、今考えてみてもわからなくてどきどきしてしまう。