昔々ロンドンに住んでいたときのことだけども、たしかに晴れていたある秋の日、家を出てバス停までの道を歩いていたら、頭の上にやわらかくて水っぽいものがボッタ、と落ちてきたような感触がなんだかした。上を向いたらずいぶんと高いところ、しかしちょうどわたしの頭から物差しで線を引っぱったようにどんぴしゃなところにレールみたいなのがあり、そこで何羽かの鳩がひまそうにしている。
わたしは信じがたい気持ちでぱんぱかぱんになり、落ちてきたのがあれなのかどうか確かめたいのだけれど、そんなんもう100oパーあれに決まってるし! 手でさわるの嫌! でもティッシュもない! もうもうもうもうどうしよう、みたいなことになって、そんで普段は絶対そういうことできないはずなのにピンチのときは人間あれですね、得体の知れぬ図太さを発揮するもので、そばを通りかかった男の人にティッシュは持っているか、もし持っているなら一枚もらえませんか! とすがりついた。
わたしの切羽詰まった形相と「鳩が……」という声に一瞬で事情を察したらしい男は、わたしの頭をのぞきこむなり「ぎゃっ」とその目をみるみる見ひらいて、「とてもじゃないけど君の頭の上に何があるか僕には言えない。ティッシュもないや。ごめんね」と言い、またたく間に去ってしまった。わたしは待ち合わせがあったので泣く泣くそのままの頭で、やって来たバスに揺られ、その後会った友人に訳を話し、おそるおそる頭部をつきだしたら、「へ? なにも乗ってないよ」やってさ! うそう! ほらほら! といくら髪をかき分けてみせても「ない」と言われ、あげくの果てにはしつこいとキレられる始末。なんだったのだろう、あれは、と今でもたまに思う。
わたしの切羽詰まった形相と「鳩が……」という声に一瞬で事情を察したらしい男は、わたしの頭をのぞきこむなり「ぎゃっ」とその目をみるみる見ひらいて、「とてもじゃないけど君の頭の上に何があるか僕には言えない。ティッシュもないや。ごめんね」と言い、またたく間に去ってしまった。わたしは待ち合わせがあったので泣く泣くそのままの頭で、やって来たバスに揺られ、その後会った友人に訳を話し、おそるおそる頭部をつきだしたら、「へ? なにも乗ってないよ」やってさ! うそう! ほらほら! といくら髪をかき分けてみせても「ない」と言われ、あげくの果てにはしつこいとキレられる始末。なんだったのだろう、あれは、と今でもたまに思う。